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	<title>路地裏 | imakat.com</title>
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	<description>工夫と改善で人生をちょっと豊かに</description>
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		<title>路地裏のヒーロー</title>
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		<dc:creator><![CDATA[imakat]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 16 Oct 2025 05:09:41 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[サブカルチャー]]></category>
		<category><![CDATA[バカボン]]></category>
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					<description><![CDATA[BGMにどうぞ。「Masa Masa」時代から時代へ ～昭和三十年代の小さな駄菓子屋で見た笑いの記憶～ 学校の帰り道だったか、習字か、そろばんの帰りだったか。浜松市立南小学校の南門を出て歩くと、「杉本」（あるいは「杉浦」 [&#8230;]]]></description>
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<p><strong><span class="fz-12px"><span class="bold-blue"><span class="blue">BGMにどうぞ。</span>「Masa Masa」時代から時代へ</span></span></strong></p>



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<p><strong>～昭和三十年代の小さな駄菓子屋で見た笑いの記憶～</strong></p>



<p>学校の帰り道だったか、習字か、そろばんの帰りだったか。<br>浜松市立南小学校の南門を出て歩くと、「杉本」（あるいは「杉浦」）と「鈴木」があった。<br>こういうふうに苗字を呼び捨てにするのは、駄菓子屋のことだ。<br>昭和三十年代の浜松では、駄菓子屋の名はだいたい苗字だけで通じた。</p>



<p>裏小路には、いつもいろんな音が混ざっていた。<br>ポンポンバイクの排気音、自転車のチャリンチャリンというベル、<br>どこからともなく、ラジオやテレビの音が流れていた。<br>ときどき、子どもを叱る母親の声や、赤ん坊の泣き声も重なった。<br>夏の夕方、風がソースの匂いを路地に運んでいた。<br>赤く低い陽がトタンの壁に反射し、路面の砂粒を光らせていた。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><a href="https://imakat.com/rd.php?id=tIX3JfmS.png" target="_blank"><img decoding="async" src="https://imakat.com/rd.php?id=tIX3JfmS.png" alt=""/></a></figure>



<p>「鈴木」は、タールを塗ったトタンを打ち付けた戦災バラックのままの小さな店だった。<br>お好み焼き台と駄菓子棚を無理やり押し込めたような狭さで、<br>白黒テレビはその隙間に置かれていた。<br>お小遣いが少ないから、お好み焼きなんてめったに食べられない。<br>一番安い赤胴鈴之助の甘納豆を一つだけ買って、しばらくテレビを立ち見していた。<br>狭い店の中に立ち込めるソースの匂いと、鉄板の熱気。<br>「鈴木」のおばちゃんは、「もう早く帰りな」と笑いながら、よく私たちを追い出した。<br>それでも、アメリカの無声コメディが流れている間だけは、誰も動かなかった。<br>「てけてけおじさん」や「三ばか大将」、そして「チビッ子大将」もよく流れていた。<br>いちばん覚えているのは、「チビッ子大将」で、<br>小さな女の子のファリーナ(※1)がとくに面白かった。髪をばあっと立ち上げたり、スカンクのしっぽを持って走り回ったり、とにかく滑稽な場面の連続。<br>店の中は笑い声でいっぱいになり、外の夕暮れまで響いていた。</p>



<p>「杉本」は、南門を出て四軒目くらいのところにあった。<br>ガラッと戸を開けると、右に少し文房具の島、真ん中に駄菓子の島、<br>左に土間があり、その奥にお好み焼きの台があった。<br>ソースの香りと海苔の匂いが混ざり合い、土間の空気はいつも少し温かかった。<br>島棚にはクジや飴玉が並び、その間の土間が子どもたちの舞台だった。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><a href="https://imakat.com/rd.php?id=VoYgt4Wb.png" target="_blank"><img decoding="async" src="https://imakat.com/rd.php?id=VoYgt4Wb.png" alt=""/></a></figure>



<p><br>親父さんは手品が得意で、指から水を出したり、トランプを宙に浮かせたりして見せてくれた。<br>だが、子どもたちをいちばん笑わせたのは、二つ三つ年上の先輩――ボーイスカウトの少年だった。</p>



<p>体は細くて帽子がぶかぶか。声はやたらに大きく、突然立ち上がって、<br>「カブは、ブカブカの帽子をカブってる〜♪」と歌う。<br>次に、「はじぇ〜、はじぇ〜、ここじょこ〜！」と叫ぶのだ。<br>つま先を立ててヨタヨタと揺れながら、顔をくしゃくしゃにして大声を上げる。<br>後年テレビで見た“アホの坂田”の動きにどこか似ていたが、<br>当時はまだ坂田さんもデビュー前だったと思う。<br>それでも、その奇妙で愛嬌のある動きに、みんな腹を抱えて笑った。</p>



<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><a href="https://imakat.com/rd.php?id=xlsA6TXP.png" target="_blank"><img decoding="async" src="https://imakat.com/rd.php?id=xlsA6TXP.png" alt="" style="width:459px;height:auto"/></a></figure>



<p>ある日、先輩は「鉄人二十八号」の歌を歌いながら踊りだした。<br>「ビルのまちにガオー」で、手でカクカクとビルを描いてから「ガオー！」。<br>「悪魔の手先」で左手の指先を右手で指さす。<br>「正義の味方」で右手を左の胸に持っていき、その上に左手を重ね、<br>首を少し傾けながら膝をやさしく曲げる。<br>そして「鉄人二十八号！」で左手の指をチョキにして二を出して、右手でパーを出してその上に左手の三指を重ねて八を作る。<br>駄菓子屋の土間が、まるで小さなテレビスタジオになったようだった。<br>笑い声が弾け、ソースの香りの中で、私たちは鉄人のテーマを何度も口ずさんだ。</p>



<p>それから私は中学、高校と進んだが、この踊りを披露することはなかった。と思う。<br>少なくとも大学生になるまでは、ずっと温存していた。と思う。<br>あの笑いの熱を、どこか壊したくなかったのだ。</p>



<p>十年後、大学に進み、コンパの席で思い切ってこの踊りを披露した。<br>しかし誰も知らなかった。誰も知らなかったが、笑いの渦は起こった。<br>その夜だけは、浜松の駄菓子屋の土間が東京の宴会場に甦った気がした。<br>私にとってあの先輩は、まぎれもなく“路地裏のヒーロー”だった。</p>



<p>そしてあの駄菓子屋の思い出から六十年が過ぎた今年、古希を迎えた。<br>高校の古希同窓会が開かれ、顔を出した。<br>会場のステージで、友人が立ち上がり、笑いながら鉄人二十八号を踊ってみせた。<br>そうか。彼は高校時代、これが十八番だったのか。<br>しかし、どこから伝わったのだ。彼は私と同じ小学校ではない。<br>中学は一緒だった。でも、自分は中学の時、演じた記憶がないのだが。<br>――でも、彼には尋ねないことにしよう。温もりはこのままにしたいから。<br>あの浜松の小さな駄菓子屋の笑いが、六十年を越えて、ここに存在する奇跡を感じた。</p>



<p>「はっぴいえんど」の歌にあるように、あの頃の路地裏には、<br>テレビよりも近く、映画よりも親しいヒーローがいた。<br>照明の当たらない舞台の隅で、子どもたちを笑わせる名人。<br>鉄人の歌を踊っていた先輩の姿は、今でも私の心の中で動いている。<br>あの浜松海老塚の駄菓子屋の土間こそ、私にとっての“風街”だったのかもしれない。</p>



<p>※1：Allen Clayton Hoskins。黒人の女の子を演じてましたが実は男性。当時、愛称ファリーナ(Farina)と呼ばれていました。<br><a rel="noopener" target="_blank" href="https://www.youtube.com/watch?v=q76zqOJAltE">https://www.youtube.com/watch?v=q76zqOJAltE<span class="fa fa-external-link external-icon anchor-icon"></span></a></p>



<p>戦災バラックの中で、アメリカのコメディ番組で、大人も子どもも笑っていた。なんと寛容だったことか。</p>
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