前略
久しぶりに手紙を書きます。写真を同封します。路地裏の隅の、空き地の入り口に、古い石塔がある。小さく、何かの絵と文字が刻まれている。道標だろうか。誰がそれを見るのだろう。その空き地に、子供たちがいる。子供たちは、馬車の到着を待っている。そうか。今はもう、馬車馬の眼だけが、あの道標を知っているのだろう。いにしえの時がここにある。手押し屋台がある。客はいない。食べて分かったよ、客来ないな。硬い鶏肉が、歯に挟まって、取れないよ(笑)。とこしえの愛がここにある。草々
子供の頃、昭和30年代、浜松市海老塚町の鹿島神社の周りには、戦災バラックが集まる、沢山の路地が、残っていた。傷痍軍人、ヤクザ、夜の蝶の寝転ぶ姿が目に飛び込んでくる、そんな路地裏を、ビニールの刀、マントの出で立ちで、徒党を組んで走り回っていた頃があった。
やがて、昭和の終わりとともに、再開発により我が家も、立ち退くことになった。
ジャカルタの、ど真ん中には、まだ庶民の路地裏が無数にある。この路地裏の空気や音は、私の子供時代と重なる。もちろん日本とジャカルタでは、貧富の格差が生まれる原因や経過は異なる。でも路地裏は、子供が多い。元気がいい。それは日本の戦後もここも同じだ。ジャカルタの馬車は、子供たちを乗せて、所狭しと通る。
はっぴいえんどの「花いちもんめ」の一節にあるように、子供たちは、「七つの海もまるで箱庭」のように飛び回る路地裏のヒーローだ。
とても気持ちが落ち着く。居心地が良い。
2013年1月
(Cubase)(Jan/2013)(0245)

