< 浜松市立図書館蔵>
「隠された十字架」新潮社版
若い頃読んだ「隠された十字架」だが、この歳になってまた興味が湧き、図書館で借りてきた。この本や法隆寺について、気付いたことを書いていこうと思う。
昭和といえば、聖徳太子の一万円。
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聖徳太子の1万円。透かしは夢殿
さて、昭和世代にとって、聖徳太子がいかに重要かつ象徴的な存在であったかを、復習しておこう。
聖徳太子のお札年表
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「銀行員の初任給」の出所:朝日新聞社「値段史年表」
高度成長時代であった昭和30〜40年代の日本映画は、陽気、元気一点張りのものが多い。クレージーキャッツが、クラブのホステスに「誰か好きなひといるのかい。」と尋ねると「あ~ら。わたしの彼氏、聖徳太子だけよ。」、そんな場面があったような。
年表を注目していただきたい。聖徳太子の紙幣の歴史である。
聖徳太子の紙幣が若手サラリーマンの手に渡るのは、昭和25年頃からである。それ以前は、太子の紙幣が初任給に使われることはない。
聖徳太子の1万円紙幣がサラリーマンの手に渡り出した頃だが、給料は、ふつうの会社は、銀行振込などまだ無かった。全部現金。給料日は、給料袋を持ったまま、居酒屋、クラブで遊び、寿司折を持って帰る。妻には、「おい、今月の給料はこれだけだ。」と息巻く。妻は「ありがとうございます。」と頭を下げる。陰で妻は内職で家計を支える。それで済んだ時代だ(世の男性諸氏は、今の時代になって、その罪に苦しむこととなっている)。
時代はピタッと重なる。
「隠された十字架」は昭和47年発刊、まさに金満絶頂期。しかもまだ、給料の銀行振込は始まっていない。~豊かさの象徴の太子が不遇の死を遂げ、その怨霊が今でも法隆寺に漂う~という梅原猛は、有頂天の日本人に、ある種の警鐘を鳴らしたかったのかも知れない。
しかしそんな警鐘は、ネタ話でしかなかった。
所詮、飛鳥時代の話でしょ、サラリーマンは相変わらず、クラブのホステスに聖徳太子の1万円札を見せながら「 ~隠された十字架~読んだかい? ほら聖徳太子。触ると怖いぞ。怨霊が出るぞ! バチが当たるぞ。」「え〜っ?どうしてどうして。あはははは。私、聖徳太子さんの怨霊だ~い好き!!」、と女性を口説く話題として扱われていた。いや、ホントの話。
警鐘を冗談としか捉えられない風潮に、この困った日本に、本気でお灸を据える小説が登場した。翌年の昭和48年、小松左京の「日本沈没」がそれだ。
夢はいつまでも続かない。
昭和59年、バブルは崩壊した。
同時に、まるで罪を償うかの如く、聖徳太子の紙幣もこの世を去った。
もうそっとしておいて欲しいのに。
もうこれ以上いじめないで欲しいのに。
昭和と共に歩み多くの日本人から愛された聖徳太子なのに。
実は太子は実在しなかった、という太子虚構説まで登場したのだ。
酷すぎる。
太子は。。太子は、草葉の陰で泣いている。
うまいこと貸し出しが続いた
昨日、浜松市浜北図書館へ、延長中だった本書を返却した。また借りれるか尋ねたところ、次に予約している人がいないから大丈夫。一度リセットしての貸し出しになるから、また延長が出来ますよ、とのことだった。
また延長が出来る。こっちが聞いていないのにそう説明していただいた。なんという思いやり、そして幸運。
こんなに素晴らしい書物を、待っている人がいない、だなんて(読む方が変わってるという説もあろう)。
次回は、本書の内容について、踏み込んでいきたいと思う。
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ほらふきドンドン 作:ジョージ秋山<講談社コミックス>