折り返し監察員は、マルチタスク・・話は飛んで、東京オリパラに思うこと。

B級審判員になれた。

水泳大会のボランティアですが、2017年〜2020年の4年間の競技会の手伝いを経て、B級審判員になることが出来ました。

ご想像の通り、コロナ禍の影響で、2020年度の水泳競技大会は、殆ど中止。秋と冬に少し実施されただけでした。なので、4年目の経験が薄いので、B級にはなれないかも知れないと思っていましたが、その前の3年間は、県内で行われる競技会は頻繁に参加していたのがプラスだったと思います。

まあでも、競技役員のうち半分以上はB級以上の資格を持っていますので、ふつうのレベルになったわけです。

しかし、2021年も、コロナの猛威によって、水泳競技大会は中止が相次いでいます。

折り返し監察員は、マルチタスク。

今、担当する作業は、大抵は、折り返し監察員です。だんだん慣れてきました。

それで、この慣れが、運動神経の老化をカバーしてくれているうちは、大丈夫です。

具体的に言うと、一番なやましいのは、短水路(25Mプール)での1500M自由形。
片方の手で鐘を鳴らす(あるいは500M 1000Mの声掛けをする)、逆の手で計時スイッチを押す、目でターンをチェックする、チェックシートへ経過距離をチェック記入する。右手、左手、口、目とマルチタスクです。短水路だと、すぐにターンに戻って来るのでオタオタしてられない、鐘を滑らかに鳴らし続けるのは、結構、スキルが求められます。まあ、ラーメン屋の親父が見たら、何をトロトロやっている、とゲキが飛んできそうですが。

今私は66歳なのですが、なんとか鐘振りを、途切れないでやれています。70代前半の方にも同じことをやっている方がいらっしゃいます。私は、いつまで続けることができるかなあ。。

折り返し以外にも、出来る作業は、それ相当にあると思いますので、足手まといにならないように続けていこうと思います。

定年退職者の立ち位置

スポーツ全般に言えることですが、昔と違い、学校の先生が、部活を、放課後及び土日を、ぶっ通しで面倒見てくれることは、まず殆ど無くなってしまいました。少なくとも義務教育の小中学校では殆ど無いでしょう。競技会は、ほぼ全て、土日に行われます。土日だからといって休む必要のない、子育ての済んだ、私たちのような定年退職者の出番が、そこにあります。

発端は、部活で頑張った子供時代の心に戻りたい、スイミング教室に通っているうちに水泳が好きになってしまった、そうした自分自身の内なる希求が、競技役員という形でお役に立つならば、理想的なことだと思います。

東京オリパラ、ブルーインパルスの五輪の雲は、57年前と同じだが。。。

話は脱線します。
私の理解ですが、1964年の東京オリパラは国家の行事、2021年の東京オリパラはビジネス、です。

振り返ってみますと、

1964年の東京オリパラ。夏から秋に掛けての小学校の校庭の空、見上げると航空自衛隊浜松基地の精鋭ブルーインパルスが、飛行機雲で五つの輪を描いていました。日に日に上手に描けるようになって、私たちの気持ちもワクワクと高まりました。もう東京へ行って本番できそうだね、と。

2021年。再び、ブルーインパルスが、東京の空に、五つの輪を描きました。

空を見上げて、感動の歓声と拍手を贈る市民の心。純粋な心。ここは両者同じ。

しかし、1964年のようなワクワク感、一体感が得られない。それは何故なんだろうか。


ある意味、1964年の東京オリパラは、国家行事としては、日本の強い経済成長力、均衡状態の世界平和、弾薬地域とは遠い立地、に支えられていました。学校教育の一環でもありました。市川崑監督の映画は、小学校で連れて行ってくれました。言わばベストの境遇でした。

その後、最もショックだったのは1972年ミュンヘン大会。選手村に乱入したパレスチナのテロの生中継には恐怖で震えました。

1980年モスクワ大会では日本を含めて西側諸国がボイコットという事態に至りました。

こうなって来ると、もはや、オリンピックは全世界を一つにするものという理想から掛け離れ、莫大な費用と危険を背負ってまでオリンピックを開催しようとする国は、無くなりつつありました。

唯一手をあげたのがロサンゼルス。ロサンゼルスは、オリンピックを政治から切り離す方法の一つとして、オリンピックをビジネスに仕立てました。収益は、税金は使わず、テレビ放映料、スポンサー協賛金、入場料収入、グッズ売上の4本柱。

つまり、この1984年のロサンゼルス大会が岐路。

ここから、オリンピックはビジネスになりました。

1988年ソウル大会からは、プロ選手が参加し始めました、女子テニスのシュテフィ・グラフです。だんだん、アマチュアリズムは、死語になっていきます。

2021年の東京オリパラの問題は、それがビジネスなのにも関わらず、公益性も存在するんだという曖昧さに甘えて、国家のリソース(税金、人、施設等)を、ビックリするほど膨大に投入してしまったこと。つまり国民にそのツケや被害が及んでいること。これに国民は腹を立てているわけで、1964年と同じ幸福感を重ね合わせることは出来ません。

反省を、今後の法制度やマニュアルに活かすべき。

いずれにせよ、今回の東京オリパラを見ていて、ビジネスシステムとしての不適合(nonconformity)として取り上げるべきことは、公的資金が注入されているのに収支が国民に対して不透明である点、パンデミックほか各災害時の行動基準(COC)及び下位規定〜初期対応、避難行動、復旧計画(BCP)〜の有無が不透明、大きくこの2つになると思います。

オリンピックは、各種スポーツ団体が、競技会を運営する際のベストプラクティスであって欲しいわけですね。しっかり分析、総括反省して、災害に強い、透明性のあるオリンピックをオーガナイズ運営するためのテンプレートとして残して欲しいです。

それが、日本国内においても、今後の各スポーツ団体の競技会実施のための法制度、あるいはマニュアルとして活かされていくべきでしょう。