建設作業員を装っている。
昼過ぎには宿に戻って、新聞、雑誌を読む。
読みながら、何かを作っている。言えないことだ。
煙草の火を絶やすことはない。
基本的には人とは顔を合わせない。
話をしない。
今日は嫌な予感がする。
来たか。
極秘の指令が届いた。明日の朝にはこの宿を去ることになった。
大戦勃発前に、ここへ潜り込んだ。夏の日差しに汗ばんだ。
今はずいぶん涼しい。秋も深まってきた。
この宿で3ヶ月も過ごしていたのか。
いつも窓越しに公園を眺めてきた。
最後の今日は、外を歩いてみることにしよう。
コートの襟を立てて、葉の色づいた公園を歩く。
子供連れの家族や。恋人たちや。小鳥や。
一時の幸せを語る声が聞こえてくる。
だめだ。油断している。危ない。心臓が強く打ち始める。
私には安心した時間はない。
– ピエール・クリュン・ファン・デン・へーホン
イーペル会戦勃発前 1914年10月19日 イーペルの公園( Ypres,Belgium ) にて –
No.74(2021/Oct )(cubase )